■米国アカデミー賞公認映画祭
Short Shorts Film Festival & Asia 2006
 
2006年6月7日(水)〜6月11日(日)
映画人にとって最も華のある舞台、米国アカデミー賞。その運営を担う米国映画芸術科学アカデミーより日本で唯一“公認”された映画祭が、アジア最大の国際短編映画祭である
Short Shorts Film Festival (以下、SSFF)である。
その米国アカデミー賞公認映画祭に、全世界から集まった2700本以上の作品の中から、拙作「SWAN LAKE」が正式にノミネートされることが決定した。コンペティションに参加する作品は全部で68作品。日本人監督では12人の中の1人。米国アカデミー賞公認映画祭の受賞作となれば、自動的に次年度の米国アカデミー賞のノミネート候補対象作品となる名誉を手にすることが出来る。これは言ってみれば、アカデミー賞に最も近い映画祭と言っても過言ではない。
確かに米国アカデミー賞が世界最高峰であることは言うまでもない。恐らくノミネートは厳しいであろう。がしかし、私が今非常に嬉しいのは、映画人の夢であるアカデミー賞の赤絨緞を踏む可能性が、0.1%でもいい、ゼロでないこと。そして言葉だけで表せば、“アカデミー賞まであと2歩”の位置に遂に辿り着いたこと。この意味は、私にとっても、作品を支えてくれたスタッフ・出演者の方々にとっても、思いのほか大きいものがあるに違いない。
ノミネート作「SWAN LAKE」は、「白鳥の湖」に未公開シーンを加えて再編集した完全版であり、この映画祭に出品する為に制作した作品である。言わばSSFFが無ければ、「SWAN LAKE」はこの世に生まれることは無かった。そういった意味を含めても、今回のノミネートは他の映画祭とは違った感慨深さがある。

▲メイン会場となるラフォーレ原宿にて
2006年6月初頭、原宿
SSFFの授賞式典は、6月11日に明治神宮で執り行われる。さすが米国アカデミー賞公認映画祭、神の元でクロージング・セレモニーを開催するとは、格式の高さを感じずにはおれない。式典当日は2000名を収容可能な神宮会館にレッド・カーペットが敷かれ、映画業界関係者や映画監督、俳優ら列席者がそこを通って入場する。赤絨緞なんぞ歩いたことがない私は、想像してみるだけでも興奮に胸が打ち振るわされる。
映画祭開催月である6月に入ると、開催地である原宿はSSFF一色となる。ラフォーレ原宿には特大の垂れ幕が掛かり、街灯一本一本には赤と黒の映画祭のフラッグが鮮やかに棚引いている。観客ではない、ノミネート監督としてこの街を歩くことの喜び。そして自らが映画祭の一部であることの超現実的感覚の体感。いよいよ本番へ向けて、鼓動が高鳴り始める自分がいる。
授賞式、そして上映に先だって、6月2日、私は明治神宮に参拝した。明治神宮の御祭神であらせられる明治天皇の皇太后陛下の名は昭憲(しょうけん)皇太后。読みは異なるが、奇しくも私と同じ名である。・・・これは運命なのか。
2006年6月3日(土)〜4日(日)
TOHOシネマズ六本木ヒルズ、先行オールナイト上映
3日の24時(4日の零時)から、TOHOシネマズ六本木ヒルズにて映画祭上映作品の一部が夜通し上映される。あくまで先行上映ということで、特に舞台挨拶があるわけでもなく呼ばれもしていない。しかし「SWAN LAKE」を一流の劇場で鑑賞出来る貴重な機会である。1500円を支払ってでも行く価値は充分にある。
今回の映画祭、TOHOシネマズ六本木ヒルズと原宿アストロホールとラフォーレ原宿、この3会場で計3回の「SWAN LAKE」上映があるわけだが、3会場とも音響設備やスクリーンサイズ、客席の配置が全く違うわけで、この3会場の上映全てを見届けて差異を見つけるのもまた一興かも知れぬ。
魔都・東京を象徴する巨大なタワービル、六本木ヒルズ。まさか初めて訪れたこの場所が、初めて「SWAN
LAKE」が劇場公開される場所になるとは。深夜24時だというのに大盛況、席は8割が埋まっている。音楽監督の真柴史朗氏も合流し、ひっそりと鑑賞。
今この場所に集った人々は、同じ金を払って、同じ作品、同じ時間、同じ空間を共有し、じっとスクリーンを凝視している。この感動の共有こそが、映画の最大の魅力。何よりそれを受動する側でなく、供給する側であるという。何度経験しても、この至福のひと時は筆舌に尽くし難いものがある。この何百人もの大勢の観客の人々は、自分らが観ている映画の監督と音楽監督が同じ客席に座っていることを知らない。知る由も無いが、そこには明らかに観客としての視点と製作者の視点との二つの確実に異なる視点が交錯している。この歴然たる差異の面白さよ! これこそが映画祭の醍醐味である。だから映画祭はやめられないのである。
2006年6月6日(火)
ウェルカムパーティー
6日夕刻、赤坂の居酒屋にてSSFFウェルカムパーティーに出席。インターナショナルプログラム(欧米作品)、アジアインターナショナルプログラム(アジア作品)、ナショナルプログラム(日本作品)、全部合わせて68作品。その上映作品の監督がほぼ全員集結。先述の通り日本人監督は12人しかいないので、あとの50人以上は全員映画祭の為に来日した外国人の監督方。英検4級しか持ってない私は学生時代の不勉強を悔いたが、映画祭事務局のスタッフの方々が逐一通訳してくれて助かった。やはり今の時代英語は喋れないと駄目だ。殊に国際映画祭ともなれば英語力は必須。しかも将来的に日欧合作など製作しないとは誰も言い切れぬ。我が人生計画に英会話教室も含めねばならぬ。
パーティーはSSFF代表の別所哲也氏と実行委員長の東野正剛氏が流暢な英語で司会をして進行。韓国人監督もいる為に韓国語にも同時通訳され、何だか会場全体がインターナショナルな雰囲気に。唯一、会場となった居酒屋だけがこの場所を日本たらしめていた。
それにしても別所哲也氏の格好よさよ。190センチのガッシリとした長身に端正なルックス、抜群の英語力と知性、更には株式会社パシフィックボイスの代表取締役社長を務めながらタレント活動を展開し、それでいてこのような世界規模の映画祭を主宰してしまうのだから、天が二物を与えた典型であろう。
何だかんだで日本人の方々と名刺交換を済ませ、散々飲んで千鳥足で帰宅。世界中の優秀な映画監督たちと共に過ごした貴重な数時間であった。
2006年6月7日(水)
原宿アストロホールにて上映
7日20時。原宿アストロホールにて「SWAN LAKE」上映。会場自体は3日のTOHOシネマズ六本木ヒルズより狭く座席も仮設のパイプ椅子だが、とにかく普段はライヴホールだけあって音響設備がライヴ仕様。異様に巨大なスピーカーが四方八方に据え付けられ、凄まじい爆音が鼓膜にガツンガツンと響いて来る。これがまた実に心地良いのである。真柴史朗氏による「SWAN
LAKE」のメインテーマが、いつにも増して盛大なオーケストレーションを奏でる。編集中に何度もヘッドフォンで聴いていたはずの音楽だが、全く違った感動を覚える。
この日に合わせて駆けつけてくれたキャストとスタッフ、友人知人の皆さんに感謝。その夜は原宿で朝まで宴会を繰り広げた。これもまた映画祭の醍醐味。
2006年6月8日(木)
ラフォーレ原宿にて上映
8日19時40分。ラフォーレ原宿の最上階、ラフォーレミュージアム原宿にて「SWAN
LAKE」上映。計3回の上映会場の中では最大。しかし、いかんせん多目的スペースに仮設の音響設備を持ち込んだ為か、広すぎる会場全域に均等に音が響いて来ない。個人的な見解に過ぎないが、最前列の観客と最後列の観客とでは音質に幾許かの隔たりがあるように感じた。がしかし、会場を埋め尽くしたほぼ満席の観客に「SWAN
LAKE」を観て貰えた感動が、そんな些事は吹き飛ばしていた。
上映は滞りなく終了。これでSSFFにおいての「SWAN LAKE」上映は全3回の日程を無事に終えたことになる。華の都・大東京のド真ん中にあって、恐らく自分の監督作は延べ1000人以上の観客の前で流された。ロードショー以外の方法でこの奇跡とも言える成果を創り出せたのは、やはりSSFFという映画祭の圧倒的な魅力である。感謝、ただ感謝の言葉しか出て来ない。
2006年6月11日(日)
明治神宮にて授賞式典
映画祭の終焉を悲しむ天の涙がシトシトと降り頻る明治神宮に、私は主演女優の真理子と共にやって来た。神宮会館のエントランス一面に敷かれた真新しいレッド・カーペットと黄金の支柱に張らしめた黄金のロープが我々の前に現れると、そこはもう小さなハリウッドであった。これから訪れるであろう何十人もの高名な来賓客を、今か今かと待ち構えるテレビ局、新聞・雑誌社ら報道陣。無名の我々もついでに心地良いフラッシュに囲まれる。
審査員であるカンヌ国際映画祭受賞監督・青山真治氏や俳優の藤達也氏など映画人が続々来場し、静寂を湛えた明治会館は俄かに慌ただしくなってくる。別所代表自ら来賓を一人ひとり丁寧に出迎え応対する様が印象的であった。さぁ、いよいよクロージング・セレモニー開幕の時間だ。
結果から先に言えば受賞はならず。悔しさなど全く無いと言えば嘘になるが、しかし受賞した作品は各々賞に値する素晴らしいものばかりであった。そのクオリティ、規模、製作費、どれも半端ではない。さすが世界は広い。我々も世界に通用する映画を生み出す為に、更に精進せねばならぬ。そう決意を新たにした。

▲カンヌ国際映画祭ヤング批評家賞受賞監督・中野裕之氏と
式典が幕を下ろすと、関係者全員で打ち上げ会場に移動。お好み焼きを食いながらビールを煽り、世界中から集まった監督らと談笑する。こういう場が設けられていることが何より嬉しい。これがなければ話すこともなかった未知の監督達と、酒を酌み交わしながら直接言葉を交わせる非常に貴重な機会である。これがある映画祭と無い映画祭とがあるのだが、前者がどれだけ重要なものかを知っている映画祭主催者の存在は本当に有り難い。そこでの交流が後々どれほど有益な刺激と影響をフィルムメーカー達に齎すか、それは語るに及ぶまい。
顧みて
約一週間に亘って東京を熱くさせたSSFFも、遂に閉幕の時を迎えた。何度経験しても、この無性に寂しい感覚は抑え難い。祭りのあとというものは、得てして圧倒的な虚無感に襲われるものだ。だがそうであるからこそ、過ぎ去りし日が畳まれた記憶の闇の中にあって、それは神々しく光り輝くのである。そして我々はまた、その光を目印にして、無我夢中に突っ走ることが出来るのである。

▲Short Shorts Film Festival代表・別所哲也氏と
ありがとう、SSFF。そしてまた会おう、SSFF。この素晴らしい映画祭を通して、我々はこの世に越えられぬ壁の無いことを知った。SSFFのキャッチコピー“Life is Short”の示す通り、ただ一度の人生悔いることなきように、直向きに、情熱的に、猛然と、堂々と突き進むべし。目標は高く、より高く。Fly high!
小野寺昭憲
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レッドカーペットをイメージしたロゴ

メイン会場となるラフォーレ原宿

招待監督専用パス

映画祭で大混雑の原宿・表参道

街中に掛かるSSFFフラッグ

明治神宮にて成功祈願

TOHOシネマズ六本木ヒルズ

TOHOシネマズ六本木ヒルズ内

赤坂のウェルカムパーティー会場

赤坂にてSSFF代表・別所哲也氏と

原宿アストロホール

舞台挨拶 in 原宿アストロホール

上映初日打ち上げ

神宮会館前のレッド・カーペット

詰め掛けた報道陣

プレス用の撮影会にて

打ち上げ会場にて

SSFF実行委員長・東野正剛氏と
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